……え、いきなりその話題?

そうなんです。スタジオへ行く場合、録り直しって関わっているスタッフさん、みんなが大変です。

録り直しが決まった時点で、スタジオをもう一度おさえなければなりません、もちろんミキサーさんにも入っていただき、ナレーターさんとディレクターさん、場合によってはその周辺のスタッフさんももう一度足を運びます。

私が経験した録り直しはたった一文でしたが、それでもやはり致命的な間違いでした。

ことわざですね。その時は、ディレクターさんも私もそのことわざが間違っているような気がしたものです。構成作家さんが書いたものだったのですが、なんでそんなことになったのか、今ならわかるんです。

ことわざ自体、とてもややこしい、普段は使わない言葉です。ですが、構成作家さんは最初からちゃんとそのように書いていました。

……でも、ちょっと普段からおちゃらけた方だったんですね、原稿が。

別のバラエティーでも原稿に「ドラえもんのようにしゃべる」とかいう注意書きがあって、「ひえ~ドラえもんはムリだよ~せめてふじこちゃんにしてくれ~」と、泣きながら録音したこともありました。構成作家さんはなるべく面白くしたいので、時に無理難題がふりかかってきます。でも、これを突破しないと進まないので、できる限りのことはしてきました。

「……ん?コレって放送禁止用語じゃないかい?」と思うことしばしば。いえ、厳密には禁止用語はさすがになかったんですけど、毎回、ディレクターさんがかなり書き直しをしていたことを覚えています。

語尾も「~獲得!」というところを、「~獲得だぞい!」(?)と書いてあったので、直したり。。

「……コレ、読むんですか」

「読むワケないでしょ! ……今、書きなおします。」と、何度やりとりしたことか。

レギュラーだったので、そういうのが何ケ月も続くんですね。ですから、1年後とかにはその作家さんへの愛はあっても信望らしきものはすっかり失われているワケです。

まともなことを書いているのに「疑わしい」のです。

こういうのって、心理療法の世界なんですケドね。人間の脳って、こうやって認知が歪んでいくのだと。コワいですねー。

・・・で、ここからは数々の宅録のナレーターさんの宣伝みたくなってしまいますが、こういった大騒ぎは宅録の場合、ほとんど起こりません。録り直しも、そのナレーターさんのスケジュールさえ空いていれば、その日のうちにサクッと行われますし、空いているスタジオをいきなり探す手間もありません。

誰でも本当はスタジオで録っていただければ自分の読みに集中できるし、いいとは思うんです。でも、やっぱりひとつの時代の流れなのかもしれませんね。私が子供の頃はそもそもパソコン自体なかったですし。スゴイ時代だなぁ、と感じます。

いろいろあたふたすることもありますが、スタジオへ行くと、こんなほほえましいことがよくあります。私は現在、そんなにスタジオへ行くことはないのですが、ごくたまにスタジオに入ると、独特の空気感が面白かったりします。

ですから、スタジオにしろ、宅録にしろ、もーちょっとこのビジネス、もってくれないだろうか、とは思うんですが、私の中ではもう、速くて10年後には第3の収録の波が来るような気がしているのです。完全に私の想像の世界なんですケド。私は、超バリバリアナログ人間で、理系でないので・・・でも、同じようなこと考えて開発中の音響研究者は大勢いると思います。

その時、私はどちらかというと、アナウンサーさんや生粋のナレーターさんには、ちょっと声優さんのような技術もあった方がいいかもしれないと感じています。もちろん、ただのタイムラグなので、最終的にはみんな同じ穴の貉(?)かと。

それについてはまたのちのち・・・